鏡を見るのが嫌だ。写真に写った自分を見るのも嫌だ。でも一番嫌なのは、「自分が嫌い」と思っている自分自身だったりする。
そんな経験はありませんか?
ネットや書籍では「自己肯定感を高めましょう」と言う言葉が氾濫している。
その言葉が視線に入ってくるたびに、「それができたら苦労しないよ」と心の中で毒づいてしまう。
自分を好きになろうと頑張って、それでも好きになれなくて、また自分を責める。このループから抜け出せない苦しさを、私は知っています。
この記事では、「自分を好きになるための本」は紹介しません。
代わりに、「自分を好きになれないまま、それでも自分の人生を生きている人たちの物語」を紹介します。
読んだからといって、急に自分を好きになれるわけではありません。でも、「嫌いな自分のまま生きていく」という選択肢もあるのだと知るだけで、少し気持ちが楽になることがあります。
「自分を好きになれ」は、もうやめにしよう
「自分を好きになりましょう」「自己肯定感を高めましょう」──世の中にはそういうメッセージが溢れています。
でも、自分を好きになれない人にとって、無理やり「好きになれ」というのは暴力に近いのではないでしょうか。
そもそも、自分を好きにならないと幸せになれないのでしょうか。自分のことが嫌いなまま、それでも自分の美学を貫いて生きている人は、この世にたくさんいます。
ここで紹介する4冊の物語と1冊のエッセイは、「自分を好きになる方法」ではなく、「自分を好きになれないまま、自分の人生を生きている人たち」の姿を描いています。
物語①:『黄色いマンション 黒い猫』小泉今日子── 「好き」でも「嫌い」でもなく、ただ「自分」でいること
女優として歌手として第一線で活躍し続ける小泉今日子さん。実はエッセイの名手でもあります。彼女の文章には、「自分を好きになろう」という言葉なんて一度も出てきません。
でも読んでいると、「この人は自分の感覚をまったく疑っていない」と感じます。それが結果的に、読む側の萎縮した自己肯定感をそっと持ち上げてくれるのです。
世間の「こうあるべき」に合わせるのではなく、自分の目で見て、自分の足で歩いて、自分の言葉で語る。それはシンプルな行為ですが、実はとても難しいことを、彼女の文章は思い出させてくれます。
この本は「頑張れ」とは言いません。「大丈夫」とも言いません。ただ、「私はこうやって生きてきた」と見せてくれる。それだけで、「自分もこうやって生きていいのかもしれない」と思えてくるのです。
物語②:『ミシン』『下妻物語』嶽本野ばら── 「世界の全員に嫌われても、自分の”好き”を手放さない」
嶽本野ばら作品の主人公たちには共通点があります。それは、「自分を好き」かどうかには興味がないこと。彼女たちが必死に守っているのは、「自分の好き」です。
『ミシン』は表題作の『ミシン』と『世界の終わりという名の雑貨店』の2つの物語が収められています。
「憧れ」という透明な何かを追い求める登場人物たちの祈りにも似た姿が、ときに痛々しく、ときにふてぶてしく、そして常に限りなく愛おしく描かれています。
嶽本野ばらの主人公たちは、必ず「お洋服」といい、一般名詞としての「洋服」とは一線を画した言葉を死守します。つまり、彼ら、彼女らにとって、お洋服とは、「THE DRESS」。行きにくいこの世をサバイヴするための、鎧でもあります。
映画化もされた『下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん』でも、主人公の桃子は田舎でロリータファッションを貫きます。ボンネットに日傘、ヒラヒラのスカートで田んぼのあぜ道を優雅にお散歩する桃子の姿は、一見滑稽に見えるかもしれません。でも、「自分の美意識を絶対に譲らない」という彼女の態度に、私はとてつもない強さを感じます。
「自分を好きになる」前に、まず「自分の”好き”を守る」。それが、結果的に自分を肯定することにつながるのかもしれません。
物語③:『きりこについて』西加奈子――黒歴史込みの自分の人生を抱きしめる
小学5年生のとき、初恋相手のこうた君に「ぶす」と言われたことをきっかけに、世界の見え方が一変し、クラスメイトからも容姿をからかわれるようになり、きりこは次第に学校へ行けなくなり引きこもります。
でも、きりこには、小学校の体育館裏で出会った黒猫が寄り添います。
「ラムセス2世」という名の黒猫は、人間の言葉を理解し話すことができる不思議な存在。語り手であり相談相手として、きりこの心を支えます。
私には「ラムセス2世」のような相棒がいないと、嘆かないでください。もしかしたら、あなたの心の中にも彼のような存在が棲んでいるかもしれません。
「猫」「神様的視点」「親友」の三重構造になっている存在ですが、きりこの「オルターエゴ(分身/もう一人の自分)」だともいえます。
何よりもきりこが自分を受け入れていくプロセスをそばで見守り、彼女の「本音」や「本当はこうありたい」という気持ちを、代わりに言語化してくれる役割を担っています。
これは、彼女の中にいる高次元の存在なのかもしれません。
スピリチュアルな意味ではなく、心理学としてのオルターエゴをあなたの相棒として、その目で世界を見つけ直してみる。
また、違った世界の様子が見えてくるかもしれません。
きりこは、ルッキズムによる言葉の暴力にさらされますが、関西弁の軽快な語り口と、達観した黒猫の存在によって、重くなりすぎずユーモラスな読後感です。
「うちは、容れ物も、中身も込みで、うちなんやな」
キリコが自分の容姿(容れ物)と中身(心・経験)のすべてを受け入れてたどり着いた、言葉。「自分の価値を他人の評価に委ねない」というメッセージが胸に響きます。
※人の顔色をうかがいすぎて疲れてしまう方は、こちらの記事も参考にしてください。
騒がしい世界の中で「敏感」なままで生き伸びる。HSPのための4つの護身術
物語④:『美は乱調にあり』瀬戸内寂聴── 自分を好きになれなかった女が、それでも自分の人生を選んだ
大正期の女性解放運動家・伊藤野枝の生涯を描いた伝記的小説。大杉栄と共に惨殺された「甘粕事件」で有名ですが、彼女は短い人生を精一杯生きました。
周囲の「空気を読む」ことをほとんどせず、自らの欲望と信念に忠実に生きる「ゴーイングマイウェイ」の女性として描かれます。妊娠7か月にもかかわらず、見知らぬ男性に恋文を送られて舞い上がる様子など、「ダメじゃーん」と思いつつも、「その気持ちもわかるよ」と背中を叩きたくなるような、愛嬌があります。
男性を養分にして、どんどん成長していく姿は逞しくもありますが、同性にはあまり好かれていなかったかもしれません。でも、彼女はまったく気にしません。周囲を気にする暇もなく、太く短く生きたといえるかもしれません。
「美は乱調にあり」というタイトルもステキです。美人や、性格の良さといった整った美よりも、乱れてこそ美しい。破調の美は、完璧さを超えた場所にあるのかもしれません。
処方箋:『自己肯定感、持っていますか?』水島広子── 「自分を好きになる」を手放していい理由
4冊の物語を読んだ後に、1冊だけ実用書を添えます。ここまでの読書体験を、少しだけ客観的に整理するための本です。
精神科医・水島広子先生はこう言います。「自己肯定感とは、“自分が好き”という感情ではない。“自分はこれでいい”と思えること」だと。
「好き」と「これでいい」は全然違います。「好き」にはなれなくても、「これでいい」と思えたら、それで十分なのです。
精神科医が書いた本ですが、語り口は穏やかで押しつけがましくありません。「自己肯定感を上げろ!」という圧がないので、自己啓発書に疲れている人にも安心して手渡せます。
※実用書で自己肯定感についてもっと学びたい方はこちらの記事もどうぞ。
自分を好きになれないまま、生きていくこと
小泉今日子さんは「自分の感覚で生きる」姿を見せてくれました。
嶽本野ばらさんは「自分の”好き”を守る」強さを教えてくれました。
西加奈子さんは「自分の経験ごと」抱きしめる安堵を描き、瀬戸内寂聴さんは、「人にどう思われようが気にしない」覚悟を見せてくれました。
そして水島広子先生は「好き」ではなく、「これでいい」と受け入れる平穏な境地へと導いてくれます。
自分を好きになる必要はありません。「自分大好き」人間ではなく、乱調の自分を受け入れる。
それを知っている人が、成熟した実りある道を歩んでいけるのかもしれません。
本だけで抱えきれないときは
もし「自分が嫌い」という気持ちが日常生活に支障をきたすほど強いなら、一人で抱え込まず、専門家に話を聞いてもらうことも選択肢のひとつです。
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