自分らしく生きるとは?|型を破った人々の物語5選

梅ベで仰向けに寝転ぶ女性 自己肯定感・メンタルケア

「あなたって、いつも周りに合わせてるよね」

ある夜、久しぶりに会った友人にそう言われました。
悪意はなかったと思います。
けれど、その一言が靴の中の小石のように、帰り道のあいだずっと気になっていました。

自分では「誰かに合わせている」というつもりはありませんでした。
空気を読み、顔色をうかがい、なるべく波風の立たない答えを選ぶ。
そういう振る舞いが、いつのまにか呼吸のように自然になっていたのでしょう。

自分らしく生きたい、と思います。
でも、いざ「自分らしさとは何か」と問い返すと、輪郭は急にぼんやりしてしまう。
世間の「普通」に合わせているうちに、自分の感覚まで薄くなってしまったのかもしれません。

社会に反抗したいわけではないのです。
ただ、自分の芯だけは手放さずにいたい。

そんなときに読みたくなるのは、「こうすればいい」と正解を教える本ではありません。
世間の型に無理に合わせず、不器用でも、自分の感覚を守って生きようとした人たちの物語です。

「型を破る」とは、声高に反抗することではなく、いったんそこから降りて、自分の輪郭を取り戻すことなのかもしれません。

ここで紹介する主人公たちは、決して器用ではありません。
ときに滑稽で、ときに危うく、周囲から見れば「わかりにくい人」に映るはずです。
それでも、自分の内側にある何かを安く手放さない。
その姿が魅力的です。

処方箋①:『コンビニ人間』村田沙耶香|「普通」の正体を見抜く

主人公の古倉恵子は、36歳、未婚、コンビニアルバイト歴18年。
周囲からは就職や結婚を勧められ、「このままでいいの?」という視線を向けられ続けます。
けれど彼女にとってコンビニは、ただの職場ではありません。
決められたマニュアルに沿って動くことで、世界とうまく接続できる、ほとんど唯一の場所です。

この小説が鋭いのは、「普通」を絶対の基準として描かないところでしょう。
就職、恋愛、結婚といった社会の前提が、実は見えないマニュアルにすぎないことを、恵子の存在があぶり出します。

自分が劣っているのではなく、ただ馴染む規則が違うだけかもしれない。
そう思えたとき、息苦しさは少しやわらぎます。

コンビニ人間

コンビニ人間
文春文庫
村田 沙耶香

処方箋②:『山の音』川端康成|小さな違和感を見逃さない

自分らしく生きられなくなるとき、人は大きな事件よりも、日々の小さな違和感を見ないふりしています。

『山の音』は、そんな静かな窒息を描いた小説です。
嫁の菊子は、夫の不誠実や家庭内の閉塞を受け止めながら、声を荒らげて抵抗するわけではありません。
けれど、その内側には、簡単には折れない芯があります。
外から見れば従順でも、心の奥では「これは違う」という感覚を捨てていない。
そのあり方は、今すぐ環境を変えられない人にとって、大切な示唆を含んでいます。

無理に反旗を翻さなくても、違和感を違和感のまま保つことはできます。
感受性を失わずにいること自体が、次の選択へ向かう準備になるのだと、この作品は静かに教えてくれます。

山の音

山の音
新潮文庫
川端 康成

処方箋③:『犬婿入り』多和田葉子|「こうあるべき」の言葉をゆるめる

「ちゃんとした大人」「ちゃんとした女」という像に、自分を合わせようとして苦しくなることがあります。『犬婿入り』は、その窮屈な言葉の檻を、奇妙でユーモラスな物語によってゆるめてくれる一冊です。

主人公のみつこの前に現れるのは、人間とも犬ともつかない異様な存在。
物語は終始、常識的な説明を拒むように進み、読者の足場を揺らします。

けれど、その居心地の悪さこそが大切です。
私たちはふだん、「自分はこういう人間」「大人ならこう振る舞うべき」と説明しすぎています。

この小説は、そうした自己規定をいったん壊し、もっと曖昧で、もっと身体的で、もっと混沌とした生のあり方へ読者を連れ出します。

自分らしさがわからないとき、まず言葉の締めつけから離れてみる。
そのための一冊です。

犬婿入り

犬婿入り
講談社文庫
多和田 葉子

処方箋④:『放浪記』林芙美子|みじめでも、自分の火を消さない

「自分らしく生きる」という言葉を、美しく整った自己実現としてではなく、もっと泥くさく、切実な営みとして見せてくれるのが『放浪記』です。
林芙美子は、貧困の中で職を転々とし、恋にも生活にも安定を持てないまま、それでも書くことだけは手放しませんでした。

みじめさも、誇りも、そのまま言葉にしていく。
そこには「素敵な自分になってから表現する」という発想がありません。

生きることがうまくいっていないからこそ、書く。
整っていないからこそ、記す。

そんな剥き出しの姿勢が貫かれています。
理想通りに生きられない自分を責めてしまう夜、この作品は、きれいに生きられなくても、自分の核だけは持ち続けてよいのだと教えてくれます。

放浪記

放浪記
新潮文庫
林 芙美子

処方箋⑤:『パターソン』ロン・パジェット/映画読解と併せて|平凡の中に自分を置き直す

「自分らしく生きる」と聞くと、大きな決断や劇的な変化を思い浮かべがちです。
けれど『パターソン』が示すのは、もっと静かな形の自分らしさです。

バス運転手として働く主人公は、毎日ほとんど同じ時間に起き、同じように仕事をし、その合間に詩を書きます。
特別な成功を目指しているわけでもなく、華やかな自己実現があるわけでもありません。
それでも彼の生活には、確かな深みがあります。
マッチ一本、コーヒー一杯、街の会話。
そうした小さなものを言葉で受け取り、自分だけの感受性を守っているからです。

平凡な生活のままでも、人は自分を失わずに生きられる。
特別になれなくてもいい。その事実に救われる作品です。
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本だけで抱えきれないときは

「自分らしく生きたい」と感じるとき、それを妨げるのは、今いる環境との相性や軋轢ではないでしょうか。

家庭、仕事、恋愛、人間関係。
そのどこかで無理を重ねているなら、読書だけでは整えきれないこともあります。

そんなときは、信頼できる相手に話したり、オンライン相談やカウンセリングを利用したりするのも、十分に有効な方法です。
自分の輪郭を、他者との対話の中で確かめ直すことは、弱さではなく回復の一歩です。
オンラインカウンセリング「Kimochi」

まとめ

型を破った人たちは、最初から強かったわけではありません。

・『コンビニ人間』の恵子は、「普通」の外にいる自分を恥じるのではなく、自分が息をしやすい場所を選び取りました。
・『山の音』の菊子は、違和感を違和感のまま抱きしめることで、自分の芯を守りました。
・『犬婿入り』のみつこは、「こうあるべき」という言葉の枷をはずし、説明のつかない自分をそのまま引き受けました。
・『放浪記』の芙美子は、みじめな日々のただなかでも、自分の火だけは消さずに書き続けました。

そして、「自分らしく」は、一度つかんだら完成するものではもありません。
繰り返し、問い続けることです。

その問いを、物語が一緒に抱えてくれる夜があります。

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