誰かに連絡するほどでもないけれど、一人でいるのが少しだけ辛い夜があります。
SNSを開いても、誰かの楽しそうな投稿が目に入って、余計に寂しさを増幅させるだけ。そんな経験はないでしょうか。
そういう夜に必要なのは、誰かからの「頑張れ」という励ましでも、的確なアドバイスでもない気がします。ただ「ここにいるよ」と静かに合図を送ってくれる、そんな物語が必要なのだと思うのです。
この記事では、私が何度も読み返してきた、眠れない夜にそばに置いておきたい小説5冊と、心を整える実用書1冊をご紹介します。
「元気を出すための本」ではありません。「孤独のまま、それでも少しだけ心が温かくなる本」を選びました。今夜のあなたに、そっと寄り添う一冊が見つかれば嬉しいです。
1. 『東京タワー』江國香織 ── 満たされないまま愛し合う、二つの恋
まずは、夜の空気に一番似合うこの一冊から。
『東京タワー』は、2人の青年と年上の女性たちとの恋愛を描いた小説ですが、単なる恋愛小説ではありません。この物語の核にあるのは、「隣に誰かがいても消えない孤独」です。
不倫という関係の中で、主人公たちは愛し合っていますが、決して完全には満たされません。けれど江國香織さんの文章は、その孤独を「解決すべき問題」として描きません。ただ「そういうものとして」そこにある。その距離感が、孤独な夜に読むと驚くほど心地いいのです。
洗練された東京の夜景や、季節の移ろいの描写も美しく、読んでいるだけで自分もその静謐な景色の中にいるような感覚になります。
一人の夜が、少しだけ「美しい時間」に変わる。そんな魔法のような小説です。
2. 『放浪記』林芙美子 ── 貧しくても書き続けた女の、剥き出しの夜
もし今の孤独が、将来への不安や生活の心細さと結びついているなら、林芙美子の『放浪記』を手に取ってみてください。
大正から昭和にかけての東京を、お金もなく、頼れる人もなく、たった一人で生き延びた女性の日記体小説です。これはまさに、孤独の「原液」のような本です。
ここにある孤独は、現代の私たちがSNSで感じるような「寂しさ」とは手触りが全く違います。空腹、寒さ、居場所のなさ──身体で感じるヒリヒリとした孤独が、読むこちらの身体にまで伝わってきます。
けれど、不思議と暗い気持ちにはなりません。読んだ後に残るのは絶望ではなく、「それでも生きている」という底知れない力強さです。
ドロドロに汚れた労働者が駈け込むように這入って来て、
「姉さん! 十銭で何か食わしてくんないかな、十銭玉一つきりしかないんだ。」
大声で云って正直に立っている。すると、十五六の小娘が、
「御飯に肉豆腐でいいですか。」と云った。
林芙美子 『放浪記』
「あんたも寂しいのかい、私もだよ」と、時代を超えて背中を叩かれるような、そんな強烈な温かさがあります。青空文庫で手軽に読める古典ですが、今の時代にこそ新鮮に響く言葉が詰まっています。
3. 『夜更けより静かな場所』岩井圭也 ── 静寂の中に響く、小さな物語たち
タイトルそのものが、今の気分に完璧にフィットしませんか?
暗くて静かで、わたしの他には誰もいない。そこには、文章によってかたちづくられた世界のみが存在する。そんな読書を追体験できます。
岩井圭也さんの文章は、とても静かで、余白があります。読んでいると、日中の喧騒や自分の中の余計なノイズが、少しずつ消えていくような感覚を覚えます。
この本は、孤独を「癒す」ためのものではなく、孤独の中を「静かに過ごす」ための小説です。
シンと静まり返った部屋でページをめくると、その静寂さえもが物語の一部のように感じられるはずです。
4. 『わたしたちが孤児だったころ』カズオ・イシグロ ── 記憶の中にしか帰れない場所がある
4冊目は、孤独の質がまた少し変わります。「隣にいない人」ではなく、「もう戻れない場所」への孤独です。
主人公のクリストファー・バンクスは、上海租界で幸福な幼少期を過ごした後、両親が相次いで失踪し、孤児としてイギリスに渡ります。やがて著名な探偵となった彼は、両親の失踪の謎を追って再び上海に向かう──。
けれどこの小説で本当に描かれているのは、事件の謎解きではありません。幼い日の記憶にしがみつくことでしか自分を支えられない、大人の心細さです。
イシグロの筆致は、いつも通り静かで端正です。でもその静けさの奥に、足元の地面がゆっくりと崩れていくような不穏さが潜んでいます。主人公が「確かにあった」と信じていた幸福な過去が、記憶と現実のあいだで揺らぎ始めるとき、読んでいるこちらの胸にも鈍い痛みが広がります。
孤独な夜に読むと、自分が「帰りたい場所」──それが実家であれ、過去のある時間であれ、もういない誰かのそばであれ──のことを、静かに思い出すかもしれません。それは辛いことかもしれないけれど、その痛みの中にある温かさを、イシグロは否定しない。そこが、この小説の一番やさしいところです。
5. 『不夜城』馳星周 ── 眠らない街で、誰も信じられない男の孤独
最後の一冊は、騒音と暴力と欲望が渦巻く「喧噪の中の孤独」をご紹介します。
舞台は新宿・歌舞伎町。主人公の劉健一は、裏社会で生き延びるために誰のことも信用しません。隣に人がいても、夜の街がどれほど騒がしくても、彼の孤独は一切薄まることがありません。
このノワール小説を読んでいると、「孤独」の手触りが全く異なることに気づかされます。静かな部屋で一人で感じる孤独と、人混みの中で感じる孤独。どちらも孤独ですが、その質は違います。
読後、自分の「孤独な夜」が少しだけ穏やかなものに感じられるかもしれません。「あの街の張り詰めた夜に比べれば、この静かな部屋の孤独は、案外悪くないかもしれない」。そう思わせてくれる一冊です。
+1冊の実用書:『孤独と不安のレッスン』鴻上尚史 ── 孤独を「味方」にする考え方
最後に1冊だけ、実用書をご紹介します。孤独の中にいる自分を、少しだけ客観的に見つめるための本です。
著者の鴻上尚史さんは、こう言います。「孤独には”前向きな孤独”と”後ろ向きな孤独”がある」と。
前向きな孤独とは、自分と向き合う豊かな時間のこと。 この本では、孤独を「なくすべき悪いもの」として扱いません。「孤独を感じられるということは、自分の内面と対話できているということだ」という視点は、小説を読んだ後の今の気持ちと自然に重なるのではないでしょうか。
「孤独をなくす方法」ではなく、「孤独と一緒にいる方法」を教えてくれる一冊。今夜のあなたの孤独は、決して敵ではないのかもしれません。
孤独な夜は、悪い夜じゃない
江國香織は「満たされない孤独」を、林芙美子は「剥き出しの孤独」を、岩井圭也は「静寂の孤独」を、カズオ・イシグロは「記憶の中の孤独」を、馳星周は「喧噪の中の孤独」を描いていました。そして鴻上尚史は、孤独を「味方」に変える視点をくれました。
もし、「孤独」だけでなく「自分自身」との付き合い方をもっと深く考えたいと思ったら、こちらの記事も読んでみてください。▶ [記事06リンク:自分を好きになれないときに沁みる小説]
また、もし孤独感が日常的に辛くなっていて、誰かに話を聞いてもらいたいと感じているなら、専門家に頼ることも一つの選択肢です。▶
孤独な夜にこの記事を開いてくれたあなたの心が、少しでも穏やかなものになりますように。

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